2017ツールド沖縄市民100kmに参加しました

今回は純粋にレースの話のみで、それ以外は食べ物の話と写真しかないしw

木曜の夜8時過ぎに高速バスで名護市に到着。出発前体重は57.3kgでした。
翌日羽地ダムの試走したり屋我地島や古宇利島を一周したり93kmのライド。
前日は羽地の試走だけして30kmくらいのライドで帰ったけど頭痛、気持ち悪さ、怠さ
が酷くて風邪か?となって葛根湯シリーズの薬を急遽現地で購入して服用。
受付を済ませて竹芝のチームメート達と話したりなど。

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夜中は咳が多くて熟睡できず寝たんだか寝てないんだか。
しかし取り越し苦労だったようで風邪ではありませんでした。夜中の咳は副鼻腔炎が原因。
あまり寝れなかった割には眠くもなく体調も良くてMKⅢの皆さんとタクシーで国頭村へ。
奥へ到着してからはコーキ屋仲間のS野さんやヒルクラでよく会う花田兄弟のお兄さんと
話したりして時間を消化。
今年は曇りで日差しは無く雨も何とか持ってくれて寧ろ寒くて鳥肌立ったりするくらい涼しい
珍しいツールド沖縄でした。走ってると気にならないけどスタート待ってる間は寒かったw


予定時刻に100kmアンダー39の部もスタート。
シード選手ではないので前に150人くらいはいるなというくらいの位置からスタートしました。
このクラスはスタート直後の登坂が一番神経質。
なんせ350人の大人数な上に既にスタートして通過してる他のクラスとの兼ね合いで
パレード走行を先導する車が何度も減速するので集団も何度も減速する羽目に。
後方だとその状況が見えないので「何でこんな度々減速してんの!こえーよ!」
ってイライラします。でも選手全員が細心の注意を払っていたからこそこの区間での落車は
無かったんだなと今にして思います。
リアルスタートしてからの上りのペースはそれほど速くないので徐々に前に進出しましたが
何せ選手の数、密集度が高いので下り区間に入ってもまだ前は100人近い人数。
下り終えてちょうど10km地点に差し掛かった平坦のあたりで集団落車発生!
もうすぐ最初のトンネルに入るこのタイミングで起きた落車は難を逃れたのは30人程度。
300人以上が多かれ少なかれ足止めをくらうことになりました。
自分に関しては急減速したものの止まり切れず前の選手に追突。
「あ、これ終わったわ飛ぶわ」と思ったんですが前転かまさず済むくらいには勢いを殺せていた
ので吹っ飛ばずに済んで、ジャックナイフ状態になってる間にクリート外して転ばず着地。
すぐにバイクの状態を確認するとサイコンが外れかかっているのとチェーンが落ちている
その程度の被害。すぐに手でチェーンをインナーに引っ掛けて、前の道は何十人もの
倒れている選手たちで完全にふさがっているので車道から歩道に上がって押して走って
再び車道に戻ってから乗車して前の集団への追走を開始。
もう見えなくなっていたけど同じように早くに追走を開始した選手たちが徐々に集団を形成し
上げすぎないくらいの程よい強度でローテが回って、ちょうど普久川ダムの上りに入る前に
先頭集団に追いつき、その時にはもう30人以上の人数に。
先頭集団も30人程度いたので50人~100人くらいの集団で普久川上ったのかな?
その上りの序盤でもまた落車が発生。どういう状況で発生した落車か見えなかったんですが
転んだ選手は吹っ飛んだようですね・・・

今回のツールド沖縄での自分の作戦は練習会などで公言していた通り
羽地まで我慢してそこで勝負!でした。最後の上りにかけるしかないと。
とはいえ普久川の下りを大集団のど真ん中で下りたくはない。
この上りのどこかのタイミングでちょっと抜け出すか、もしくは集団の最前線まで上がって
下りをマイペースで安全に下ろう、抜かれても気にせず下り終える頃には集団最後方で
普久川の下りを終えられれば良い、という作戦でいたんですが二度の落車を見て
もうこの集団にいたくないなーもっと絞って単独ないしは少人数で下りたいと感じたので
予定外のアゲアゲアタックをやってしまいました/(^o^)\
すぐさま「宿谷さん行ったー!」「宿谷さんアタックー!」という掛け声が上がって
「おお、警戒されてんな」と思いきや誰も追ってこないw
まあ純粋な勝つための逃げではなく落車を避けるための逃げなので追ってこようがこまいが
どうでも良く、気持ちよく感じるペースで上り切って下りへ。
案の定下り区間では途中で抜かした210kmの選手たちにガンガン抜かれる。
でも結局普久川の下りでは同じ100kmの部の集団には追いつかれずそのまま学校坂の上りへ。
ここの上り中にモトから「後ろと1分50秒!」と伝えられます。
距離的にはまだ3/5残っている状況で単独逃げで泳がされたら消耗して捕まるだけだなあと
この時点ではまだ理性が残っていたんで前回の逃げと違って逃げ切ろうという気持ちは一切持たず
兎に角脚を攣らないように注意を払ってゆる~く走り続けました。
(まあ結果的にはそれでも脚力相応のペースではなかったんですけどね・・・)
タイム差は徐々に詰まるだろうと思いきや2分差のまま推移。
こうなってくるとだんだんと「もうこのまま逃げ切りを狙おうか」という気持ちに。

が、しかし。まだゴールまでたっぷり距離を残した60kmあたりで足に攣り反応がでてきます。
今回は前回の反省があったので水とスポドリと塩ラムネとマグオンと口から摂取できる
脚攣り対策はガンガン摂っていたんですが・・・早くもその時が来てしまいました。
何とかやり過ごせないかと頑張って格闘しましたが遂にはインナーローでも漕ぐことが厳しくなり
70km辺りで集団にパスされました(;´Д`)
ついていけないばかりか漕げなくなったので転ぶ前に一旦降車。
強烈な痙攣が治まるまでしばらくじっとしてから慎重に再乗車して以降は完全にサイクリング。
140kmの部に抜かされ100kmオーバー40の部にも抜かされ何位かわからないとこでフィニッシュ。


まあ結果的には実年齢くらいの順位だったことを翌日確認したんですがもう覚えてませんw
入賞してないなら何位でも一緒や。優勝者とのタイム差は10分近くにまで。
反省点は言うまでもなく普久川から逃げてしまったことがありますがそれ以上に
長い距離を高い強度で乗る練習の量が圧倒的に不足していたことです。
自分のペースも追走集団のペースも決して速いものとは思えなかった。
今回は前後シャマルなのでパワーがわかりませんが攣り始めた60km地点までの
平均パワーは200Wを下回っていただろうと思います。
体感では190W程度だろうと感じました。
事実その程度のペースだったからこそ去年の半澤さんは独走逃げ切り優勝になった。
あの方ほどの力があればやれるだろうな、と。
逆に言えばあれくらいの力が無いと難しいのだと改めて痛感しました。
自転車で家から行ける圏内を走ることに飽きてきて一回に乗る距離が減っているのは
練習ログを見れば明らかで。
所謂”心のロングライド”の距離が昔は150km以上だったのが去年は100km
今年は70km乗ればもうくったくた。「ああ今日は沢山乗ったな。完全にロングだわ」という感じ。
その程度の持久力しかないから70km程度でも平均時速25kmを下回るサイクリングペースばかり。
なんせ”ロングライド”なので自分の中では距離70km25kph以下は極自然なペース。
練習会参加の数も激減。そこまで行くのがもう面倒臭い(例えば高尾とかの片道1時間がもう面倒
こんな体たらくじゃ2時間も経たないうちに攣ってしまうのは至極道理。
結局一番の攣り対策は水やサプリではなく脚を鍛え上げること!
ということを学んだ今回のツールド沖縄でした。
来年また再挑戦したいけどもうクラス変わっちゃうのがすっごい残念だし悔しいですorz
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